2009年3月13日金曜日

インカ道


ブラジルの次はペルー。日本から南米まで来るのは大変なので一回の旅行でなるべく多くのところを見ようと欲張った結果だ。朝の便でサンパウロからリマまで行き、クスコ行きの国内線に乗り継いだ。リマを飛び立った飛行機はクスコとは反対の海側に旋回しながら高度を上げた。6,000メートル級のアンデスの山々が迫っているため直に行こうとすると衝突してしまうからか。

それまでガイドブックも持たない無計画な旅行でしのいできたが、クスコに行く3日前に予約を入れたホテルからマチュピチュ行きの列車は事前予約が必要と知らされ、ペルーの国営鉄道にメールで問い合わせたところ6日前が期限との返事。クスコまで来てマチュピチュを見られないなんて一生後悔しかねない…。メールで事情を説明して頼み込んだところ、翌朝には3日後の座席のコンファメーションの連絡が来た。どうやら特別に手配してくれたようだ。このあたりはさすがにフレキシブルなラテンの人たち。日本ではなかなかこうはいかない。実際に乗った列車はオフシーズンだというのに満席だったので、間際で席がとれたのは実に幸運だった。

クスコからスイッチバック式の登山列車に揺られること4時間余り(実際に列車はかなり揺れる)、マチュピチュのふもとの駅に到着した。駅を出ると雨が激しく降っていて駅前で待ち構えていた物売りのおばさんからポンチョ型の雨具を購入。人の流れについて行くとバスが並んでいる場所に着いた。どうやらそこでバスに乗り換えるらしい。窓口で切符を買って乗り込んだ。座席がうまるとバスはスピードをあげてガードレールもないS字型の急な山道を上りはじめた。おいおい雨が降っているんだからそんなにスピードを出さないでほしい。ベテラン運転手の腕を信じるよう自分に言い聞かせながら窓側の席に着いたことを後悔した。マチュピチュの入り口と思しきところでバスを降りたときには一層雨足が強まっていた。

再び人の流れに着いて行くとチェックポイントで足止めされた。入場券はと聞かれたので持っていないというと入口で買うようにいわれた。そういうことは早くいってほしい。それともガイドブックで下調べしてこない私が悪いのか。ちなみに入場券売り場は気づかずに通り過ぎてしまいそうなところにあった。列に並んでようやく自分の番が来たと思ったらさらにトラブル発生。入場料は現地通貨でしか受け付けないという。列車もバスも米ドル払いなのになぜ入場券だけ現地通貨なのか。訳わからん!現地通貨の持ち合わせがない旨伝えると、バス乗り場近くのカフェまで戻って換金してくるようにいわれた。

そんなこんなでずいぶん時間を食ってしまったが、ようやく遺跡に到着したときにはあれほど激しく降っていた雨があがっていた。雨の中を歩き回るのはつらいし、写真を撮るのも大変だ。日頃の行いには甚だ自信がないが、ありがたい限りだった。テレビで見たそのままの遺跡の光景が目の前に現れたときにはしばし感動。半日をそこで過ごす間にカメラのシャッターを切り続けた。リオのカーニバルやイグアスの滝を見に行ったときのように、デジカメのメモリーがいっぱいになってしまった。こんなことは南米に来るまでなかった。

翌日はくだんのスペイン人の友人が勧めたクスコがある聖なる谷(Sacred Valley of the Incas)の遺跡めぐり。宿泊先で車を手配し、一日借り切ることにした。6,000メートル級のアンデスの山々に囲まれた谷は阿蘇山のカルデラをもはるかに上回る広大な盆地といった広さで、車でおもだった遺跡を回ってもまる一日かかる。氷河に削られた山肌や雪をかぶった山頂、青々とした草原など、これまで見たこともない雄大な景色は息を飲む美しさで、勧めてくれた友人に感謝した。

この聖なる谷のそこかしこにインカ時代の遺跡が残っているのだが、山道を登らなければならないところはかなりつらい。富士山の山頂のような標高のところなのですぐに酸欠を起こして息苦しくなってくるのだ。しかも手すりもない崖っぷちを歩かなければならないところもあり、ひたすら足元だけを見て進むしかない。大学時代山登りをやっていたが、落ちたら間違いなく命にかかわるようなところを歩いた記憶はあまりない。

クスコ周辺は世界有数の観光地だけあって各国から大勢の人々が訪れていた。ペルー政府もこうした“金づる”に対してまさにやりたい放題。マチュピチュに行く観光客は列車に乗るために一番安い“バックパッカークラス”でも100ドル近い料金を払わされる。さらに遺跡まで往復するバスは14ドル。きわめつけはおよそ40ドルの入場料。これまで世界遺産を含めて様々な観光名所に行ったがこれほど強気な値付けは見たことがない。しめておよそ15,000円也。これは現地ではとんでもない大金だ。

それでいて観光からあがる莫大な収益が広く人々に行き渡っているという感じがしない。クスコの中央広場から脇道に入ると寒空の下、ホームレスと思しき人が道端に座り込んでいたりする。観光客が多く集まる場所には多くの警察官が立っていて生活に困って犯罪を犯す人々を力で押さえつけている様子がうかがえる。旅行先でその日の生活に困っている人たちの姿を目にすると悠長に海外旅行などしている我が身を振り返って楽しい気持ちも覚めてしまう…。