2012年3月30日金曜日

小児病棟

小学1年生の甥が細菌に感染して入院した。突然発疹が出て、脚が腫れ上がり、大変な状態だったという。2日後に私が見舞いに行ったときには腫れも引き、一見するとふつうに見えるくらいに回復していたが、大事をとってその後さらに一週間入院することになった。

週末の朝、寂しくしているのではないかと思い、再び病院を訪れた。女の子と二人部屋だった病室に彼の姿はなく、看護婦さんに聞くと隣の大部屋に移ったとのことだった。中に入ると同じ病室の、同年代と思しき男の子と話している甥の姿があった。私が行って少しは喜んでくれるかと思ったが、妙に素っ気ない。自分が彼と同じ年頃だったら同じような反応をしたような気はする。オジである私になついてくれるのも今のうちとは思っていたが、それが終わる日がこんなに早く来るとはちょっと寂しい…。

それはさておき、今回甥が入院したことで、生まれて初めて病院の小児病棟に足を踏み入れた。甥と同じ病室の子たちがどういう病気なのかもわからなかったが、小さいうちから病室で過ごしている子どもたちを見て、何ともいえない気持ちになった。甥がいるおかげで子どもを入院させなければならない親の気持ちも察しがつく。二度ほど入院を経験した私も子どもの頃は大病もせず育ったので、そのありがたみを改めて感じた。

2012年3月25日日曜日

福島


「香典の前渡し」島根原発を抱える松江で、空港まで見送ってくれた当地の会社経営者が、原発建設の際に支払われた交付金をこう呼んだ。受け入れた自治体はもちろん香典などと思って受け取ったわけではないだろうが、事故が起きたときの結果はもとより、廃炉にするときのプロセスやコストも明らかにされず、使用済み核燃料の最終処分地も決まっていないのだから、多少の香典では済まない大きな負の遺産を末代まで残したことは間違いないだろう。

その2日後に商用で福島を訪れた。復興ボランティアにも参加していなかったので、白河の関を超えるのは震災後初めてだった。当地でお会いした地元地銀の方の話では、全国的に海外からの観光客が戻っている中、福島はまったく回復の兆しがないとのこと。原発事故のおかげでチェルノブイリ並みに世界的に名前が知れてしまったのだから無理もがない。島根原発でもいえることだが、なぜ原発の名前に泊、女川や刈羽、大飯、玄海のような町の名前ではなく県の名前をつけてしまったのか。

思えば福島には子どものときからよく行っていた。小学生のときは二度の夏休みをそれぞれ会津田島と二本松で過ごし、初めてスキーをしたのは裏磐梯だった。大学時代は飯坂温泉で自動車の教習所に通い、社会人になってからは原発近くの原ノ町(現在の南相馬市)にある協力工場に訪ねた。仙台から常磐線の単線を時間をかけて南下し、海側の車窓から景色を眺めながら、「確かこのあたりに原発があったはず」と思ったことを思い出す。それが福島県全体を不幸に巻き込む事故を起こそうなどとは当時は思いもよらなかった。

2012年3月17日土曜日

ペットボトル飲料

私はペットボトル飲料はなるべく避けるようにしている。リサイクルのコストが高く、環境にも悪いし、直射日光が当たるドラッグストアの店頭に長時間置かれても腐りもしないのは、それを防ぐために自然界には存在しない物質が使われているものと想像され、抵抗がある。ペットボトル入りのお茶の原料によく“ビタミンC”などと書かれているが、これは自然の食物に含まれるビタミンとは異なる合成物質というから何ともミスリーディング。

しかし今週はそんな私も驚く話を聞かされた。農林水産省が国内で売られているミネラルウォーター30種類を検査したところ、何と20種類からホルマリンが検出されたのだそうだ。欧州などの“先進国”では採水場で熱成形したペットボトルにすぐ水を詰めるのだが、日本ではこの方法が認められていないため、ミネラルウォーターのメーカーは仕入れたボトルを規定通り洗浄するのにホルマリン入りの洗剤を使うのだそうだ。

この話を教えてくれたのはミネラルウォーターの水質検査をしている会社の人だが、肌に塗る化粧品に許されている量の最大8倍のホルマリンが、直接体内に取り込むミネラルウォーターから見つかったというから驚く。ホルマリンは消毒に使われることからもわかるように、細菌やカビが生きられないくらい毒性が強い物質で、シックハウス症候群の原因にもなっている。後でネットで調べてみると、ペットボトル飲料が汚染されている事実を知っている人はいるようだが、どうしてこのような重大なことがマスコミで報じられないのだろうか…。

原発事故の後、ミネラルウォーターを買って子供に与えている親は多いと想像するが、微量の放射性物質に汚染された水と、化粧品に許される上限の数倍ものホルマリンを含む水のどちらがより安全といえるだろうか。比較はともかく、少なくとも後者が安全でないことは確かだろう。監督官庁にはせめて検査結果の公表はしてもらいたいものだ。

2012年3月11日日曜日

震災

震災から一年。かつて出張や旅行で訪れた被災地の町も今はテレビの画面を通してその変わり果てた姿を見るだけとなった。当面復興がトッププライオリティなので、それ以外のことは後回しでも仕方がないと思うが、なぜこれほどの人的被害を出してしまったのかについては、いずれ検証する必要があると思う。

かつて三陸沿岸を訪れ、釜石などで過去の津波被害の資料を目にしてきた私には、当地の人々が津波に対する備えをしていなかったとは到底思えない。メーカー時代に度々出張で訪れた、海岸からだいぶ離れた多賀城の事業所にも津波が押し寄せたというから、その規模が相当なものであったことは理解できるが、気象庁は潮位の変化などからそれを十分に予測できたにもかかわらず、そのデータを無視して過小な予測を出したと聞く。

物的被害はお金をかければ取り返せるが、人命は戻らない。昨年の震災の深刻さは何といっても2万人近い犠牲者及び行方不明者を出したことだろう。震災の特別番組もいいが、これほどの人的被害を出してしまった原因がどこにあるのか、その核心に迫り、今後の教訓にしてもらいたいものだ。

2012年3月3日土曜日

千年の都


「リニアがここを通らないのは国にとって100年、1000年の損失。」チェックインした京都のホテルでテレビをつけるとローカルニュースで市長のこうした発言が流れていた。さすがは京都。こんなことをいえる都市がほかにあるだろうか。

当地で訪問先の場所を確認しようとグーグルマップで調べてもなかなか出てこない。○○通りを上ルだの下ルだのいっているのも京都くらいのものだろう。関西出身の同僚に、どうして京都にだけ通常の住所表記と違うことが許されるのかと聞くと、「都だから」という一言が返ってきた。

かくいう私も大阪出張のときでさえ京都に滞在することがあるくらい好んで訪れる町ではある。東京にないものを多くもっていることは間違いない。町のそこかしこにある寺社もさることながら、和食・洋食を問わずレベルが高いのは美食家が多いからだろうか。町家を改装した店も実に雰囲気がいい。

くだんのテレビニュースによると、リニア中央新幹線を建設するJR東海は「奈良市付近を通すことで法律上の手続きを踏んでおり、京都駅が奈良市付近というのは無理がある。」としている。そりゃそうだろう。京都駅は明らかに奈良市付近ではないし、京都を通したら東名阪を最短距離で結ぶことにならない。また、リニアが通らないことでアクセス面での優位性は失われるかもしれないが、京都が寂れることはないだろう。

思えば奈良も都。京都よりも期間は短かったが古い。大都市京都に比べるといささか地味だが、私にとっては中学校の修学旅行で訪れた思い出の地だ。100年後も変わらない(それほど発展余地が感じられない)安心感があったが、リニアが通ると状況は変わるのだろうか。ただ、大阪まで開業するのは2045年というから私には関係のない話かもしれない。

(写真は宇治の平等院)