2015年8月29日土曜日

稚内

先週予定していた入院で一度は諦めた久しぶりの休暇。今週と週末の予定をキャンセルした一方で木曜日に退院できたので、その足で空港に向かい、先週行くはずだった稚内へと向かった。そもそも稚内を選んだのは最近は札幌も夏は蒸し暑くなってしまったからだが、東京が暑い時期に行ってこそ意味があったのに、時期がずれたため、東京は既に涼しく、稚内は肌寒くなっていた。この町に来るのは大学時代以来だが、商店街が昔のままである一方で駅舎や道路が列車の本数や車の通行量の少なさとは不釣り合いに立派になっていた。道路脇には与党の元有力議員の跡を継いだ息子の二世議員のポスターが貼られていて納得した。それはさておき、空気がきれいで食べ物が美味しいところというのは転地療養にはうってつけだ。入院中の憂さを忘れて来週からまた頑張れそうな気がする。

2015年8月22日土曜日

急性膵炎

休暇先に向かう羽田空港で二日前に始まった腹痛が再発し、まともに歩けなくなった。空港内のクリニックに運ばれ、即入院との診断を受けて近くの病院に救急搬送されたが、搭乗ゲートがターミナルの端の方だったので、車いすでビル内を長距離移動し、クリニックから救急車まで担架で運ばれるときはいいさらし者で、意識がはっきりしていただけに恥ずかしかった。初めての救急車体験にテンションが上がるはずもなく、病院の救急治療室で検査を受けた結果、膵炎と診断された。これで飛行機に乗っていたら一体どういうことになっていただろう。膵炎というのは飲みすぎや石ができてなることが多いらしいが、最近はあまり酒を飲まないし、検査で石も見つからなかった。気分が悪くなったのは年甲斐もなくドカ食いをしてしまった後なので、思いつく原因はそれしかない。しかしそれを医者にいうのは恥ずかしかった。入院当初は体勢を変えるだけで腹部に痛みが走ったが、その後徐々に改善し、4日後には痛みがほぼなくなった。楽しみにしていた旅行とはまったく異なる休暇になってしまったが、外食ばかりで胃が膨張気味だった私にはちょうどいい静養になるかもしれない。

2015年8月15日土曜日

2年縛り

〇モバイルからの突然の電話。もうすぐ2年契約が切れる端末の更新を勧めてきた。前回契約を更新した際に以前より大きくて重たい端末に替えさせられ、さらに端末の不調で4回も修理・交換している。動作しているときでも急にスピードが遅くなったり通信が途切れたりとトラブル続きで、丸一日まともに使えた記憶がない。それに比べて後から買った○マックスの優秀なこと。さらに○モバイルは「隠れコスト」で有名な大手携帯電話会社に買収された後、端末のトラブルに乗じて保険の加入を勧められ、さらには使い放題の謳い文句で使い始めたのに、ある日突然ウェブ画面に「所定の通信容量を超えた」とのメッセージが出て、使い物にならないくらいのスピードに落とされた。画面にはスピードを元に戻すオプションが提示されるが、もちろんただではない。総務省が通信契約が2年ごとに自動更新されるいわゆる「2年縛り」の料金プランを見直すよう大手携帯電話会社に要請したが、○モバイルに関してはあまりにもトラブルが多すぎてペナルティを払ってでも途中解約したいくらいだった。企業体質というのはいつまで経っても変わらないもののようで、晴れて契約が終わったらさっそく他の会社に乗り換えたい。

2015年8月8日土曜日

日本海側一県飛ばしの法則

メーカー時代、金沢出身の同僚が日本海側の県は一県飛ばしで美人が多いといっていた。当然、石川県は美人が多いという話の流れになるわけだが、出張などで各地をまわると確かに新潟、島根、福岡など、彼がいう法則で美人県にあたるところでは美形を多く見かける気がする。新潟は背が高く顔立ちが整っている人、島根は端正な顔立ちの美形が多いように思う。ただ美人県から外れている鳥取の知人がいっていたように、県できれいに分かれるわけではなく、島根に近い米子は美形が多いといわれているそうだ。彼はその理由について米子は昔から半島との交流があったので血が混ざっているのだと説明したが、ということは土着の日本人はあまり美しくなく、大陸との交流があった(そうした港があった?)地域のみ美人が増えたということだろうか。血筋以外の要因でいえば、秋田の場合、常陸の国(茨城)からお国替えになった佐竹公が領内の美人を皆、秋田に連れて行ってしまったという説があるようだが、母方の祖母が茨城出身である私はコメントしづらい。ただ、こうした「法則」にはもちろん例外がある。一県飛ばしの法則を語っていた元同僚と勤めていたメーカーでいちばん美人といわれていた人(この人はおそらく万人が見て美人と思うだろう)は石川県の隣の富山の人だった。

2015年8月1日土曜日

東京五輪

新国立競技場問題の関係者がそれぞれ記者会見を開いて自分には責任がないと釈明する様は見世物としては面白かったが、肝心のコスト計算がでたらめだったことについてはいまだに納得のいく説明が聞かれない。文科省の責任が大きいというのは事実だろうが、責任転嫁をした人たちに責任がないかといえば、そんなことはないだろう。デザインは好みの問題としても、日本のような地震国でキールアーチなどというものを使ったデザインを採用すれば、耐震構造にするのに莫大な費用がかかることくらいは素人でも想像がつく。それをコストは自分の問題ではなかったかのようにいう建築家の発言は釈然としない。さらに大会に味噌をつけたのが五輪のエンブレムの盗作騒動と、好みの問題を超えたボランティアのユニフォームのダサさだろう。やることなすことすべて裏目に出て、本当にこの大会は成功するのだろうか。ただ、五輪の最大のリスクは東京で酷暑が続く今頃の季節に開催することだろう。外での運動は控えるように呼びかけられている時期にこうしたスポーツイベントを開いたらどのようなことになるのか。高温多湿に慣れた日本選手を利するならまだいいが、そもそもなぜこのような時期に東京で開催してしまったのかと後悔することにならないとも限らない。一層のことIOCに無理をいって、2022年の北京での開催の決定で2026年の冬季五輪の招致が難しくなった札幌に開催地を変更してはどうかとさえ思う。