2012年1月29日日曜日

ドミグラ丼


先週は広島と岡山を一日でまわる“二県またぎ”の出張をした。昨年は広島と山口(下関)の組み合わせで日帰りをし、新幹線が通っているルートであれば無理なくできることは実証済みだ。

広島までのフライトはあのボーイング787型機だった。座席は特に座り心地がいいとも思わなかったが、心なしか音は静かで、シェードの代わりに窓の下にあるボタンで透過光量を調整する電子カーテンは実に革新的。また、やはり新しい機体というのは気持ちがいい。3年ほど前にアメリカのボーイング社の工場を見学したとき、世界の航空会社で初めて同機を発注したANA向けの機体がラインの先頭にあるのを見た。その後納期がだいぶ遅れ、昨年ようやく日本に到着したのがニュースとなったが、私が乗った機体がそれだったとすれば久しぶりの再会だ。

広島での面談の後、午後一で岡山でのアポが入っていたため、すぐに直行すればよかったのだが、岡山で食べたいものが思いつかなかったので、広島駅の駅ビルにあるお好み焼き屋でお昼を食べていくことにした。以前行った有名店はかなりがっかりだったが、今回はちゃんとタクシーの運転手さんに聞いていったので、期待に違わぬ味だった。しかし焼きあがるまでだいぶ待たされるので、時間がない人にはお勧めできない。私も余裕で乗れると思った新幹線に乗れず、岡山での面談に遅れるという失態を演じてしまった(もちろんクライアントに広島でお好み焼きを食べていて遅れたなどとはいえない)。

わざわざ広島で食事をしていったのは前述の通り岡山で食べたいものが思いつかなかったからだが、今回の出張では岡山のタクシーの運転手さんから「ドミグラ丼」なるものを教わり、勧められた店に行ってみた。要はカツ丼のカツを卵とじにする代わりにデミグラスソースをかけたものなのだが、これが結構うまい。名古屋の人には申し訳ないが、みそをかけるよりはよほどメイクセンス。この店ではふつうのカツ丼とセットで注文できるが(もちろんそれぞれのサイズは小さ目)、ふつうのカツ丼はごくふつうの味なのでドミグラ丼だけをフルサイズで注文するのがよいと思う。

親の話では私は幼い頃から気に入ったものだけをひたすら食べ続けていたらしい。今もそれは変わらず、オフィスの近くにいくらでも食べるところはあるのに、決まった数店をローテーションでまわっている。(こうした冒険をしない性格からか、会社も小さいままだが、これも対外的には「規模を追ってサービスの質を下げないため」ということにしている。)次回広島と岡山に行くときも同じ店に行ってしまうことは間違いないだろう。

2012年1月21日土曜日

ソニー

「ソニーって大丈夫なんですか?」最近たまに聞かれるが、10年以上も前に辞めた私には正直わからない。何期も赤字を続けても持ちこたえていられるのだから規模が大きく事業が多角化していることは強いのだろうというくらいに思っていたが、ムーディーズが同社の長期社債の格付けをBaa1にまで下げた(しかもネガティブアウトルック)というニュースを聞き、いよいよ黄信号がともったのだろうかと思った。

テレビの討論番組で「電機業界は日本でもっとも競争力のない業種」と断じた経済評論家の言葉を聞き、私が何となく感じていたことが間違っていなかった気がした。自動車と並んで日本の代表的な産業といわれてきたが、デジタル化とキーコンポーネントの外製化によって商品の差別化が難しくなり、価格競争に巻き込まれやすくなった。コスト高の日本のメーカーは競合上不利で、利益の落ち込みによって投資に充てられるお金も減り、さらに不利な状況に陥るという悪循環が始まって久しいように感じる。

この評論家はまた、日本が競争力があるのはキーコンポーネントで、サムスンの携帯電話が売れれば売れるほど日本の韓国に対する黒字が増えるといった。確かに他社に真似できないコンポーネントを作っている企業は完成品メーカーとは比べものにならない高い利益率をあげている。

ただソニーの誰も今日のこの事態を想定していなかったかといえば決してそうではない。私が在籍していた1990年代には業容の転換を図らなければならないと唱える経営者がいたが、まわりがついて来なかった。当時の花形で、多くの経営幹部を輩出していたテレビ事業が今や赤字の源泉となっているのを見ると、過去の成功体験がいかに危険なものかを感じる。

ソニーに再生の道はあるのか?これも私にはわからない。ただ私が在籍していた当時検討されていた持ち株会社化は有効な施策と思う。これによって持ち株会社の経営陣はポートフォリオの管理や組み換え、事業間のシナジーの醸成や新規事業の立ち上げに集中することができ、持ち株会社にぶら下がる各事業会社は経営責任が明確になるとともに有効な経営評価尺度を与えられれば自律的に収益の改善に取り組むことができる。

では同社にそのような自助努力ができるのか?それはあまり楽観できない気がする。いかんせん何期も赤字を続けている経営者がそのまま残って毎年多額のボーナスを受け取っている上に、昔ながらの後継指名をしようとしているように見える。早々に株を売ったのは私にしては珍しくいい判断だったかもしれない。

2012年1月14日土曜日

食べログ

食べログのやらせ騒動。ばれたきっかけが月島のもんじゃ焼き屋に突然できた行列というのが笑える。フランス料理屋とかだったらわかるが、もんじゃ焼きなんてそもそもそれほど味に差がつくものではない。なのに食べログのランキングで一位になるとさっそく行列しに行く人たちがいるというのだから、こうしたビジネスがはびこるわけだ。

昨年札幌に行ったとき、以前ぶらりと立ち寄ったラーメン屋に行列ができていた。そこは街中をちょっと離れた住宅街にあり、札幌で行ったラーメン屋の中で特においしい店ではなかった。店の近くで営業している整体師さんに聞いたところ、地元のテレビで紹介されたとのこと。その整体師さんも「たいして美味しくもないのに」といっていたので、私の好みの問題とはいいきれまい。

テレビ局がこのラーメン屋を取り上げた経緯は知る由もないが、いつ行っても空いていて近所の人もあまり評価していない店が突然紹介されることに違和感を覚える。雑誌に紹介されている料理屋も実際に行ってみると期待外れなことが多いので、こちらも何かしらの裏があることは想像に難くない。こうした旧来のメディアへの信頼の低下がネットの口コミへの依存を高めた一因かもしれない。

かくいう私も口コミサイトはよく利用する。しかしそれは初めて行く店によほどの問題がないか知るための予防策でしかなく、書かれていることをすべて真に受けるわけではない。また、経験上偏った意見が多く書き込まれていると感じるサイトは避けるし、可能な限りクロスチェックもする。そもそも人の味覚は千差万別なので、自分が味覚に信頼を寄せている人の情報以上にあてになるものはなく、こうしたマニピュレーション可能な媒体は割引して読むのが鉄則だろう。

2012年1月7日土曜日

香港


12月の後半は欧米のお客さんが冬眠状態に入るので、例年だと休暇をとるのに絶好のタイミングだが、昨年の年末は大みそかまで積み残しの仕事をすることとなった。しかしどこにも行かないのも癪なので、年明けの数日間でも旅行に出ようと思い立った。

旅行先をあれこれと考えているうちに、日本航空のマイルが貯まっていることを思い出し、ハイシーズンなのでダメ元と思いながら調べてみたら、元日以降は結構空きがあった。しかもかなりのマイルが今年の前半に期限切れとなることに気づき、行き帰りとも羽田便に空席があった香港に行くことを即断した。日本航空には経営破たんされて株で損をさせらされたので、この上マイルをエクスパイヤーさせることなど考えられない。

思えば初めて香港を訪れたのは20年余り前だった。当時町中にあり、飛行機が高層の共同住宅の間をかすめるようにして着陸していた啓徳機場を知る人間はもういい歳といえるだろう。その後も中国への返還の前後に留学先のアメリカのビジネススクールのクラスメートたちや会社の同僚と訪れたが、投資銀行時代の2002年にM&Aの仕事で行った後は足が遠のいていた。

今回滞在した尖沙咀(チムサーチョイ)辺りの町並みは昔と変わらず、新興のチェーン店がそこかしこに現れ、一方で以前行った足裏マッサージ屋や粥の店がなくなるなど、店の入れ替えが見られるくらいだった。香港に来るたびに通った老舗の飲茶レストランは同じ場所にそのままあったが、料理を乗せたカートで席をまわる方式から注文形式に変わっていた。

返還前の香港は「深夜特急」にも描かれた猥雑といった感じの独特の雰囲気があったが、その後町がきれいに整備されていくとともに、ちょっと味気のない町になってしまった気がする。ここのところ足が遠ざかってしまっていたのも一つにはまた行ってみたいという気がわかなかったこともある。そんなこともあって今回はせめてショッピングでもしようと私にしては珍しく小型のスーツケースを転がしていったが、結局これといってほしいものが見つからず、半分空のまま帰って来てしまった。

今回行って改めて香港の“中国化”が着実に進んでいるように感じた。返還前に教育を受けた世代は英語が流暢だが、北京語教育が始まった後に教育を受けた若い人たちは外国人相手の接客をする店でも英語がおぼつかなかったりする。かくいう私も今回香港でしたいちばん大きな買い物は北京語の学習教材で、滞在中にスカイプでチャットした(もちろん英語で)北京のビジネスパートナーと近いうちに北京語で会話しようなどと大口を?たたいてしまった。それが実現すれば今回香港に行った甲斐があったといえよう。

(写真は九龍側から望む香港島)