2012年4月29日日曜日

スマホ

イギリスのクライアントから送られてきたスマートフォンの端末。メールをいつでもチェックできるようにとの配慮だ。スマートフォンなどなくても大丈夫とがんばってきた私も最近はノートパソコンを持ち歩くのがわずらわしいのと、仕事柄従来型を使っているのは格好が悪いことから、いよいよ観念することにした。 端末に使うミニシムを買おうと同じ赤坂にあるドコモとソフトバンクの店に行ってその違いに驚いた。ドコモの方は余裕をもたせた人員を配置しているため、さして待たされることもなく、ゆっくり話を聞くことができたが、ソフトバンクの方は店員が二人しかおらず、ひっきりなしに訪れる客を必死でさばいていた。それでも二人ではさばききれず、ソファで待たされている客からため息が漏れた。 投資銀行時代に出入りしていたソフトバンクはアメリカ流の徹底した効率を追及する企業という印象だった。それが高じてか、派手なテレビCMを流し、安さを強調して集客をする一方で十分な設備投資をせず、つながりにくいという声を聞く。先週は来日したクライアントが持ってきたブラックベリーがソフトバンクのネットワークにつながってしまい、まる一日以上メールが着信せず、ドコモに切り替えさせてようやく受信できた。 効率を追求しない経営は競合上長続きしないし、サービスが過剰でそれが価格に転嫁されるのも嬉しくないが、必死に立ち働く店員から“搾取されている感”がにじみ出てしまうと、やりすぎの印象は否めない。

2012年4月22日日曜日

スーパーおき

「自由席は何号車ですか?」早朝の松江駅で改札の駅員さんに聞くと「2号車です。」との答え。短い編成の列車の場合、“1号車だけ”というのならわかるが“2号車だけ”といわれるとどうも釈然としない。「2号車だけですか?」と聞き返すと「スーパーおき号は2両しかないんです。」との思わぬ答え。“スーパー”と名のつく特急にしてはいささか短すぎやしないか。しかし松江から人口が少ない石見地方を通って山口方面に至るので、そんなものかもしれない。途中お客の入れ替わりがあったが2両編成の特急の座席が半分うまるのがせいぜいだった。 松江から山陽方面に出るには岡山行きの特急に乗るのがもっとも一般的だが、私は商用で大分に行かなければならなかったため、一日に三本しかないこの特急を利用することになった。松江からの移動時間はどのみち長くなるので、なるべく当地には泊まらず、商談を終えた当日に次に移動するようにしているが、前回当地を訪れたときに「次回は泊りがけで来てください」といわれ、今回は泊まることになった。 それにしてもこの特急、在来線とはいえ新山口まで4時間もかかる。新幹線であれば東京から広島まで行かれる時間だ。しかも乗っているうちにだんだんと気分が悪くなってきた。思えば前夜はおでん屋での一次会の後に田端で修業したという大将がやっている江戸前寿司の店に行き、最後は近くのスナックで夜中までカラオケなどして過ごした。スナックに行くなどメーカー時代以来のことなのでつい羽目をはずしてしまったが、自分の回復力を過信していたところもある。車窓から日本海沿岸の美しい風景を眺めながらしばし反省することとなった。

2012年4月15日日曜日

きざみ奈良漬け


出張先の北九州のホテルで腰痛に耐えかねてマッサージを頼むと、約束の時間よりだいぶ遅れて60代と思しきおばさんがやって来た。言葉で地元の人間ではないことがわかったのか、どこから来たのかと聞かれ、東京と答えた。話題に事欠いておばさんは地元かと聞くと違うという。博多あたりの人はわかりやすいが、色々な地方の人が入り混じっている北九州の人の言葉は今一つ特徴をとらえづらい。

おばさんはすんなりとは教えてくれず、どこと思うかと聞かれた。あまり特徴的な言葉ではなかったので全国各地を旅行した私も皆目見当がつかず、最後にようやく「大和の国」だと教えてくれた。確かに奈良出身の知り合いは少なく、数少ない同県出身の知り合いも私には標準語(東京弁?)を話すので、奈良言葉というのはあまり聞いた記憶がない。それにおばさんは北九州の人と結婚して何十年も当地に住んでいるというから、話し言葉もだいぶ変わったものと想像する。

それにしてもこんなタイミングで奈良出身の人に会うとは驚きだった。というのもその翌週に商用で何年かぶりに奈良に行くことになっていたのだ。おばさんにそのことをいうと、私が訪問する先の銀行の前に老舗の奈良漬け屋があって、そこの「きざみ奈良漬け」がおいしいということと、そのまた近くにあるうどん屋がお勧めだと教えてくれた。

昨年、うちでバイトしていた子が就職した九州の家電量販店の採用担当が私のいとこの知り合いであるというありえない偶然に驚いたが、めったに奈良に行くことがない(商用では初めて)私がその直前にめったに会うことのない奈良出身の人に、しかも北九州で出会う偶然に驚いた。

きざみ奈良漬けはそれ自体の味が濃い奈良漬けが粕漬けのようになっていてその絶妙な組み合わせが癖になりそうだった。また、この老舗で今はやりの塩麹を売っていたので買ってきて肉料理や魚料理に使ってみたが、これがまた美味。一方、うどん屋は近くに2軒あり、どちらとも判断がつかなかったので、結局好物の柿の葉寿司をたらふく食べて帰ってきた。

2012年4月7日土曜日

新世界


大阪に商用があるといっても通天閣を目にすることはまずない。訪問先はせいぜい北浜、京橋、道修町、博労町、心斎橋周辺で、泊まるのも梅田かなんばあたりだ。しかし今回の出張では富田林の高校の教員をやっている友人と食事をすることになり、彼の通勤経路でもある天王寺で待ち合わせることになった。

駅の周辺は何年も見ないうちに大きな公園ができるなど再開発が進み、ネオンの色調が変わった通天閣も以前より洗練されたように見えるが、新世界周辺のディープな雰囲気は昔と変わらず、タイムスリップしたような感覚を覚える。建設現場の柵の外面に明治か大正の頃の新世界の写真が飾ってあり、その当時いかに「新世界」という名にふさわしい繁華街だったかがうかがえた。往年の一大繁華街といえば東京なら浅草あたりになるだろうか。

友人と串カツ屋や将棋クラブが並ぶ一画を歩きながら、大阪に来たら一度は“二度漬け禁止”の串カツを立ち食いしたいと思っていたことを思い出した。ところが友人に話すと最近は胃がもたれるので揚げ物が食べられないなどとジジくさい(失敬!)ことをいわれた。天王寺で待ち合わせる相手などほかにいないので、また来る機会があっても串カツ屋体験はかないそうにない。

昭和の雰囲気が漂う古いアーケードの商店街を歩きながら、ふとこの風景を再び目にすることはあるのだろうかと思った。こうした昔ながらの風景がそのままであってほしいと思うのは、それだけ年をとったということだろうか…。