2010年8月7日土曜日

MGM

“ジェームスボンドは誰が殺した”。2週間ほど前、移動中の機内で読んだファイナンシャル・タイムズ紙にこんなタイトルの記事が掲載されていた。ウエストサイド物語、ベンハー、風と共に去りぬなどの名作で知られるハリウッドの名門MGMスタジオの経営が絶不調であの007の次回作の制作もままならないのだという。この会社の大株主こそ私がかつて勤めていたソニーである。

同社を去ってから4年後の2004年に同社とアメリカの投資会社のコンソーシアムがMGMを買収したとのニュースに触れたときにはまたライブラリー目的で高い買い物をしているのではないかと疑った。ライブラリーとはスタジオが保有する過去の作品のことで、私が在籍していた頃の同社ではそれに無限の価値があるかのようなことがいわれ、それが高い金を払ってレコード会社や映画会社を買収することを正当化していたところもあった。

しかし私はそうした考えに疑問をもっていた。というのも過去の作品は時を経てリアルタイムでその作品を知る人が減るにしたがって需要は下がる一方で、毎年新たなヒット作が生まれている中である程度の収益力を維持できるのは“名画”として名を残すほんの一握りの作品でしかない。さらに娯楽が多様化し、消費者が音楽や映画の視聴にかけるお金が増えなければなおさらだ。

記事を読むと私の推測通りライブラリーが十分な収益をもたらしていないことが同社の経営危機の原因であると書かれていた。だがソニーがまた高いものをつかまされたのかといえば必ずしもそうではないという。同社の作品はソニーの販路を通じて売られるため思ったほど売れなかったとはいえ一応儲けはあったし、何よりMGM買収のおかげでブルーレイとHD DVDとのフォーマット戦争に勝つことができたというのだ。

当時はフォーマット争いも手伝って映画会社の価格が高騰していたように記憶しており、ソニーが買収に投じた資金に見合うリターンが得られているのかは定かではないが、それでもMGMがあげる利益だけが頼りの投資会社よりはましな状況というわけだ。投資会社を巻き込むことで“自腹”の投資額を減らす一方で戦略上の目的はしっかり達成するなど、コロンビア・ピクチャーズの買収で空前の損失を出したソニーも10数年を経てしたたかさを身につけたのだろうかと移動中の機内で一抹の感慨を覚えた。