2018年11月18日日曜日

シニキタ

区の肺がん検診で実施要領に反して専門外医師に判定をさせていた地元の総合病院系のクリニックが繰り返しがんを見落として複数の受診者を死亡させたと報じられた。地元で「シニキタ」と揶揄される病院系列なので、いかにもやらかしそうと思ったのは私だけではないだろう。近くで育った80歳近い亡父の元ゴルフ仲間は小学生のときに膝を痛めてこの病院に行ったところ、手術をしなければならず、一生松葉杖生活になるといわれたそうだ。セカンドオピニオンという言葉もなかった時代だが、小学生にして一生松葉杖にはしたくないとの父親の思いから別の病院に連れて行かれて事なきを得たという。あのときかの病院で手術を受けていたら父のゴルフ仲間になることさえなかったわけで、何とも恐ろしい話だ。長男である兄を渋谷の日赤病院まで産みに行った母は二男の私は地元の同病院で済ませた。日赤の医師や看護婦は細かい気配りをしてくれ、退院のときにお礼の品を渡そうとしたら断られた一方、同病院では妊婦はほぼ放置状態、痛くても麻酔もかけてもらえず、日赤のことがあったので退院時にお礼の品を渡さなかったら不満そうな顔をされたという。私の実体験をいえば荻窪に住んでいた頃に腹痛で近所の内科医にかかったら「念のため」同病院に検査入院をするようにいわれ、紹介状をもって行ったら一般病棟は空いていないと高い個室に入れられ、レントゲンやらMRIやら、腹痛とはおおよそ関係のない検査を次から次に受けさせられて退院時に法外な料金を請求された。文句をいったら別室に連れて行かれ、クレーム処理担当と思しき人と交渉させられ、多少値引きすることで手を打った。クレームが多いから専門の人を置き、知識のない患者に少額の値引きで手を打たせる役割を担っていたのだろうか。こうした病院が存在を許されること自体が驚きだが、その病院の周辺は戦後に急速に宅地開発が進み人口が増えた地域である一方、ほかに大きな病院がないのも災い(彼らにとっては幸い)しているのだろう。今回の騒動は区長の減給にまで発展し、当該クリニックは指定医療機関を外されたが、くだんの荻窪の内科医と「グル」であることから地元医師会での発言力も相当あるものと想像され、処分が解除されるのも時間の問題だろう。