2009年7月20日月曜日

トムラウシ

この山の名前をこのような形で聞くことになろうとは思いもよらなかった…。

大学生のとき、所属していた山岳サークルの夏合宿で1週間余りかけて大雪山系の山々をめぐった。我々が訪れた8月には高山植物の花の見ごろも終わっていたが、美しい山並みと夏の日差しを受けて眩いばかりに光り輝く木々の緑が今でも脳裏に焼きついている。

当時我々が恐れていたのは悪天候ではなくヒグマとの遭遇だった。ヒグマは人が近づくと自分から遠ざかるが、突然遭遇すると襲ってくるということだったので、見通しの悪い森の道を歩くときは皆で準備しておいた笛を吹きながら進んだ。我々がもう一つ心配したのはキタキツネなどを媒介にするエキノコックスという致死率の高い風土病への感染だったが、潜伏期間が10年もあると聞いて自分が30歳を過ぎるのが想像もできない遠い未来のように思えたことを思い出す。その2倍以上の月日が経過した今も元気で生きられているのはありがたいことだ。

今回の事故の報に触れてシルバーの人たちがしかも観光ツアーで行く場所になっていたことを知って驚いた。私が行った当時は時折ほかの大学の山岳サークルの人たちを見かけるくらいで年配の人をお見かけした記憶はない。日本アルプスの山々ほどの標高や険しさはないが、若者の足でも決して楽な行程でなかったと記憶している。しかも天候が悪化すると極楽浄土のような風景は一変し、山肌が露出しているところでは先に進むのがたいへんなくらい強い風と雨が真横から吹き付ける。

しかし考えてみれば私もあと20年もしないうちにその年齢に差し掛かる。いつかまた行ってみたいと思いつつ20年余りの月日が経ってしまったが、現役で仕事をしているうちは昔の山登り仲間と申し合わせて長い休みをとるのは難しく、退職してからツアーに参加するのも無理からぬことのように思える。私自身も似たような状況にあり、脳裏に焼きついたあの景色がますます遠く感じられる。