2014年1月3日金曜日
役職定年
久しぶりに飲んだサラリーマン時代の先輩の口から出た言葉。思えば私の先輩たちもそのような年代に差しかかっているのだ。会社をやめて10年以上もたち、まったく別の世界に身を置いていると、今社内で起きていることにあまり関心をもてなくなるが、それでも自分が若手社員だった頃のことは鮮明に思い出す。当時の先輩たちの近況について聞くと、仕事そのものの実力よりも、そのときどきの権力者にうまく取り入るポリティカルなスキルに長けていた人たちがそれなりに出世していて、仕事ができてもポリティカルな部分がなかった人たちは平凡に「役職定年」を迎えていることを知った。会社に在籍中は後者の人たちをリスペクトしていたが、そうした人たちが子どもの教育が終わる前に定年を迎えてしまうことを心配していることを知り、大手企業の、特に間接部門では前者が正しい生き方だったのだろうかと考えさせられた。
2013年12月28日土曜日
2013年12月21日土曜日
都知事
過去最高得票に得意満面の笑みを浮かべた都知事の姿を見て「この人は本当に我々が思うような人なのだろうか」とかすかな疑念を抱いたのが一年前。オリンピック招致の際、我が国にとって貴重な友好国との関係を損ないかねないイスラム教徒に関する発言をしたことで、その疑念が確信に変わった。それにしても都民の高い支持を得て政権基盤も盤石と思われた知事が、当選からわずか一年後に与党からも見放されて「四面楚歌」に陥り、額に汗し、しどろもどろになりながら説得力のない答弁を繰り返すことになろうとは、都民の誰も想像しえなかっただろう。報酬返上で切り抜けるなど到底無理な話で、もっと早く辞任していたら、ここまで傷口は深くならなかっただろうにと思う。頭脳明晰でも、そうした判断力には欠けていたのか、それともどうしても続けたい理由があったのか…。
2013年12月15日日曜日
過剰警備
今月初めのある夜、乗っていた車が首相官邸の前に差しかかると信号が赤に変わり、いつまでたっても青にならない。しばらくすると官邸のゲートが開き、黒塗りの大型バンのようなまったく同じ車が次から次へと出てきた。それを見た運転手がいずれも防弾車だといい、ようやく来日中のアメリカのバイデン副大統領を乗せた車列であることに気づいた。その直後、首相の一行を乗せていると思しきリムジンが3台、猛スピードで出てきた(明らかにスピード違反)。その後アメリカの大統領や副大統領が外国を訪問するときにはこうした防弾車を輸送機で運ぶのだと聞いたが、同じ日の夜に東京で行われた欧州某国の首相のレセプションでは荷物検査もなく、首相のまわりをSPが囲んでいることもなかったのは実に対照的だった。仕事で必要があるときのみ訪れる米国大使館の警備も半端でなく、皆に好かれる国であればここまでやらなくてもすむだろうに、と思う。
2013年12月8日日曜日
産地偽装
伊勢えびの需要の増加で価格が上がっているという話を聞き、価格を左右するほど多くの業者がロブスターを使っていた事実に驚いた。確かに結婚式などで出される加熱調理され、グラタン状になった「伊勢えび」がたとえロブスターであったとしても区別がつかない。本物の伊勢えびを食べたければ、やはり産地に行って生のものを食べるに限るだろう。しかし実は産地偽装というのは以前から横行している。オリーブ業界でよく知られているのがイタリアでは国内の消費をまかなう以上のオリーブが採れないことだ。ではなぜ日本全国津々浦々に「イタリア産」オリーブオイルが流通しているのか。それはチュニジアやトルコ産のオリーブやオリーブ以外の種を使ったり混ぜてたりしているからだ。しかし原料が何で、それがどこから来ていようと、イタリアで瓶詰めをされて出荷されてしまうと確かめようもない。イタリア産というだけで喜んで買う人たちがいる限り、こうした産地偽装はなくならないだろう。
2013年11月30日土曜日
神田
千代田区の三崎町と猿楽町の住所表示に、かつて冠していた「神田」をつけるかどうかが議論になっていると聞き、内神田で寿司屋をやっている親戚から聞いた話を思い出した。神田はもともと今よりも多くの町名が存在していたが、郵便の効率化のために内神田、外神田といった住所表示に変えることに同意した町と、それを拒否して旧町名が残ったところがあるということだった。内神田になったところも隔年で行われる神田祭では昔の町ごとに神輿が出る(うちの親戚が住んでいるところは確か旭町)。区内には「神田神保町」や「神田小川町」など神田のついた町名が残るので、自分たちも神田ブランドの恩恵に預かりたいということのようだが、三崎町と猿楽町はいずれも戦後まで神田はついていなかったというし、猿楽町などは元々神社に供える供物を作る田畑の意味の『神田』とは相いれない武家屋敷だったそうだ。今回もめているのはかつて町名の廃止に反対した町の人たちで、住民の気質が当時のまま受け継がれていると思うと面白い。ただ、子どもの頃から神田に慣れ親しんでいる私の感覚からいうと、失礼ながらそもそもそれほどブランド力がある地名とは思えず、住所表示に神田をつけたからといって実質的に何も変わらない気がする。
2013年11月24日日曜日
公共工事
商用で筑豊の直方に行くようになってから2年近くが経つだろうか。JR直方駅前の一角に工事用のフェンスが立てられているのをはじめて見たのは去年のことだった。建物を建てているわけでもなく、囲いの中から工事をしている音が聞こえるわけでもなく、1年以上が過ぎた。今週何カ月ぶりかで直方を訪れ、さすがにフェンスは外れているだろうと思ったら、まだ残っていた。地元のタクシー運転手の話では、当地に高速道路を通すのにも20年以上の歳月がかかったという。サラリーマン時代に友人が、地元の三陸の町を天皇皇后両陛下が訪問されることになった途端、いつもはてれてれやっている工事が突然急ピッチで進んだという話を聞いたことがあるが、工期を延ばすことで収入を得られているのだとすればインセンティブの与え方が間違っているだろう。国も地方も財政がひっ迫する中、もっと生産的な労働にお金が使われるような方法はないものかと思う。
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